9.11の同時テロから5年たちました。
あの日の事は良く覚えています。夜の10時ごろ、TVを見れる場所ではなかったのですが、直前の報道を見た人が「センタービルに飛行機が突っ込んだ」と教えてくれて、セスナ機がビルに当たったのか・・というのが最初の感想でした。
まさか大型機がビルに当たると思っていませんから、小型機がぶつかったと思っていました。その後、少しずつ情報が増えていき、どうも大変な事態らしいとわかってきたところで、「世界貿易センタービル」について思い出しました。
司馬遼太郎の「アメリカ素描(新潮文庫)」の中で、司馬さん達がエレベーターに乗った時、あまりの速さに皆無口でいると、乗り合わせたアメリカ人が「シンカンセン!」と言って、場を和ませた、という話を思い出しました。
「あのビルが・・」と考えていると、「もう一機突っ込んだ!」との情報。「アメリカへの攻撃」「第3次世界大戦」教えてくれる人も、その時点でのTVの速報なので、色んな話が耳に入ってきました。
そのあたりで知っている黒人さんがやってきて、かなり怒っていました。アメリカ海軍の予備役の人で、いつもジムにトレーニングにいっているパワフルな黒人さんです。
その後も「国防総省に突撃」――最初はヘリコプタが突撃したと言ってたような気がします。
「ビルから人が飛び降りてる」「ビルが崩壊した!」――どんどん深刻な状況になっていくのを逐一聞いていました。
「まだ100機空を飛んでる」などなど物騒な話がどんどん耳に入ってきて、どうなってるんだろうとドキドキしたのを良く覚えています。
翌日の朝刊、スポーツ紙も含めて全紙1面で報道。すべて、貿易センターに2機目が衝突した時の写真でした。
朝も例の黒人さんが怒っていました。
TVで何度も突入のシーンを放送していました。
あの後、アメリカ国内で「アメリカは各地の紛争に手を出さない方が良い」といった世論が、一気に報復戦争の支持へと傾いていったのを見て、本で読む太平洋戦争の時と「状況が似ている」と思ったものです。
前出の黒人さん、あの事件の前後に子供が生まれていて、実家のシアトルに帰ったのでその後の消息が分かりません。
「アメリカ軍、予備役召集」の報道を見るたびに、大丈夫かな・・と心配していました。
海軍なので、召集されても地上戦に出ることは無いと思いますけど。知り合い、まして肉親を戦争に送り出す親の心は推し量るものがあります。
そして、攻められた側にはより多くの犠牲者が出ました。
つい先日には中東で争いがありました。
武装組織ヒズボラが同胞の解放を求めて、イスラエル兵士を拉致したのが本格闘争の幕開けでした。レバノン侵攻、全面戦争の危機
ヒズボラがとくに開放を求めていたのが「サミール・カンタール」という男で、27年前のテロ攻撃にも参加した男です。
当時16歳だったカンタールは、イスラエル人男性を、4歳の娘の前で射殺。その後、娘の頭をかち割りました。
隠れていた奥さんは、2歳の子供が泣かないよう押さえつけていたため、子供は窒息死しました。
ある女性のイスラエル兵が、日本の新聞(何新聞か忘れました)にかたった話では、「報復の連鎖を止めたくて」軍に入ったそうです。
しかし、いざ戦場に立つと「仲間が殺される」。気が付くと憎しみ以外の心はなくなるそうです。
民族間の紛争は、同じ民族が一つの島に住んでいる日本では実感しづらい問題ですね・・
人が、他の動物と決定的に違う点、高等生物である所以はそのコミュニケーション能力の高さです。
9.11の犠牲者が主催して、対話の場を設け、報復の連鎖を止めようという運動もなされています。
21世紀になって5年目になりました。後世「あの世紀、世界に平和が訪れた」といわれる事を願います。
5年目の9・11 アメリカ同時テロ テーマ:日記 - ジャンル:日記
|