国際派 大木智映子の目から見たアメリカ・インド・海外から見た日本・世界中から発信されるニュースも盛り沢山取り上げて行きたいです。


アメリカ(アトランタ、ボストン、ニューヨーク)とインド(ニューデリー、ゴア)が長年の生活拠点であった為、様々な国・人種・宗教の人々とのコミュニケーションが得意分野です。そう言った経験から国際ビジネスの場でのノウハウもご紹介したいです。

恵比寿駅側結婚相談所クリスタルコネクション のカウンセラーとしても活躍中。毎回 素敵でエクゼクティブな方達と接し多忙な毎日を送っております。オリジナルブランドの「ランド オブ ティー 」も好調に5年目を迎えました。

アチーブ:アメリカ法人設立(オフショア法人設立)。インド法人設立。インド行政書類・認定書作成。インド特許申請業務。印度業務全般。そして更に邁進中!

2007-04-27 18:53:17 destinycrystalconnectionの投稿

保守的な障壁を越えて

テーマ:日本の国際化の現状

アメリカの大学で心理学を受講していた時の事、とても印象に残った教授の口にした言葉である。

「何にでも、知識を持って、対応すれば、保守的に構える必要性は無くなる。」

この言葉を、このワンフレーズだけで聞き取ると、何のこっちゃ!?と思うはずである。

しかし、ダイバーシティー・他民族国家を誇るアメリカでは、このような理論は、非保守的・自由主義的思想の持ち主からは、良く耳にする。


以上の教授の言ったフレーズを解釈すると、様に、(他民族に対する)固定観念やら、先入観というのは、要するに、そう言った彼らと話したことや、そういった人種の枠を越えた友達を持たないからであって、会話を交わし、友好を築き、同じ釜のメシを食ったなら、間違った固定観念やら、先入観といった邪魔物・氷の壁をぶち破れば、保守的に構えて、人を見た目だけで判断を下したり、、と言った矛盾な行動は取らないハズである。


以上の印象的なワンフレーズを発した、アメリカの心理学の教授も、無論イタリア系アメリカ人(白人)であった。
アメリカで生活している時分に、印象深かったのは、白人の有識者達は至ってリベラルな考えで、この多民族国家を誇りとし、アメリカの先頭だって、リーダー的な存在であり、人種間でかなり公平な判断能力を有していたように思う。

アメリカの教育を経て、思うことは、特にこの人種の違いに関して、とても気を配った(公平感を持った)対応を普段から心がけている姿勢を感じた事である。

1970年代のケネディー大統領時代に、黒人と白人を一緒の学校に通わせる大きな歴史的政策に出て、30数年を経て、沢山の問題こそ日々抱え、今回のバージニア工科大での、銃乱射事件にも見られるような、移民社会の及ぼす不安定な面すら除かせながら、しかしながら、それでも公平の目を忘れず、議論する姿勢は、我々日本でも学ぶべきでは無いでしょうか?

今回の、バージニア工科大での乱射事件の、その前の公立高校コロンバイン高校の乱射事件のあった時には、私は、そのコロンバインから数十分離れた所に住んでおり、また、1992年のロスの黒人対白人の暴動の当時には、私は、その直撃した地域であるオレンジカウンティーにも度丁度旅行の最中で遭遇しました。最初に世界貿易センターに爆弾が仕掛けられ(現在のブッシュ大統領の父親が大統領であった時代)爆発した、世界貿易センターの展望台も、その爆弾が爆発する1週間前に丁度偶然にも見学で訪れた事もあります。以上の事件は、全て人種問題や格差から生じての、問題と思われる。その様に、アメリカでは、多民族問題を語らずして一日は終わらず、翌日も始まらない。要するに、問題を問題で終わらせず、論議して、糸口を見出す能力を持ち備えている国家であったと思う。

重い腰を上げた日本も、国際化の波押され、少しずつ、研修生やら留学生・就労生などなどの名目で、海外から外国人を受け入れている今日この頃、それでもまだ、この国際化の受け入れ姿勢に対して、(プロアクティブではなく)レトロアクティブな、後ろから押されて、嫌々受け入れている様な、面々を感じる。


また、日本に長期滞在する外国人には、受け入れ態勢が整って無く、長期滞在者にも、短期滞在者同然の扱いをしたり、平然とし、国際化のふりをする行政こそ、おかしな人種ではないだろうか?何故なら、どうして、これだけ長期滞在や永住型の海外在住の日本人が居て、異国で移住・留学・就労しているのに、何故、今度は、日本人自身がホスト側となった時には、その逆が出来ないのであろうか?自分たちは、外国に行くときには、受け入れられたい、その国で良い思いをしたい、、けれども、異国の人たちが日本に滞在する事にマユを潜める?何とも、身勝手な話しでは無いでしょうか?

もう少し、日本のマスメディア上でも、多民族・多文化・多人種などといった、センシティブな面にも、気を配り、アメリカなど、多民族国家を参考にするも良し、心の目を磨いて頂きたい。

また、マスメディアや学校レベルで有識者達が、道徳教育の一環に、このアメリカ的な、多民族に対応できる、柔軟性を持たせる為の知識も去ることながら、明日の日本の国際化に向けて、心の目を肥やす、将来インターナショナルの舞台で活躍できる日本人の育成もそうであるが、国際化の中で生きる術を教えたらどれだけ有益なことだろう?

アメリカは、多民族・移民国家は、アメリカにとって有利(何故なら、世界と貿易やあらゆる面で、対応していく上で、それらの国々出身の人材を投与出来る為)として、国政を行っている。少しでも 我が国が参考に出来たなら、外交や国際間で交渉の苦手な日本にとって良い勉強になるのでは?

国際化に関しては、まだ未熟な日本で、これからも、個人レベルでも、色々と問いかけて行きたいと思います。

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2007-02-25 15:57:56 destinycrystalconnectionの投稿

ボーン・イエスタデー

テーマ:カフェ・インターナショナル

「ボーン・イエスタデー」ってどう言った言い回しに使うの?

直訳して、「昨日生まれた(ばかり)」という意味。


会話で使うと、「私は、“昨日生まれた(ばかり)”じゃないのよ!」っと言うと、「(昨日生まれたばかりの世間知らずでは無いので)そんな事、とっくに知っているわよ。」っと意訳してみれなニュアンス的にしっくり来る。要するに、ちょっと「バカにしないで!」っといった、相手の言動に対して、オフェンシブな意味を持って応える時に使う。そう女性に応えられた場合、男性は「ごめんなさい、、そういうつもりじゃなかったんだけど、、」と受け答えしたら、紳士的でしょう。



もう一つ、このボーン(born)という単語を使って良く耳にする言い回しが、「ボーン アゲイン、、、」(再び生まれて、、、)という言い回し。この中で良く耳にするのが、“ボーン アゲン クリスチャン”という言い回し。その映画のタイトルにもありそうな ワン フレーズの意味する内容は、、クリスチャンとして生まれて来て、しかしながらクリスチャンとしての教えに従わず生きてきて、ある日、何かの切っ掛けを機に、(生まれ変わったように)心を入れ替えて、今までの悔いを改めて、クリスチャンとして従順に生きるという意味。



更に掘り下げて、アメリカの若者同士の間で使われる意味合いでは、婚前交渉を許さないクリスチャン厳粛な教えを安易に受け止めて居た過去を改め、ある日を境に、結婚をする間で、“第二のバージン”を守るといった的な、(自身の心の入れ替えを持って)再チャンスの到来と共に、ある意味開き直り的なニュアンスを持った、とてもアメリカ的考え方だと思う。


この、何かの“切っ掛け”を機に、心を入れ替えて、残りの半生を違った形で、今までの過ちを悔い改め、やり直し生きて行く、、といった心構えを決意した人々とは、果たして??何が切っ掛けでそう決心したんだろう?


その“切っ掛け”に一番多いのが、ニア デス エクスペリエンス(死の間際を経験した人達)である。要するに、交通事故か何かで死にかけて、三途の川の岸まで行ったけど、向こう岸へは渡らずに、こちらへ戻ってきた人達


アメリカでは無論、三途の川は無いので、良く、マリア様(らしき人が)が病室へ迎えに来て、自身の幽体が肉体から飛び立ち、光を追って飛んで行くと、光の扉が見えて、それの向こうへ越えて行こうとするが、行けなくて、自身の肉体へ戻ってくる(らしい)。


さて、私は、インドで2度、死にそうになった経験がある。

2度共、食中毒なのだが、日本から持って行った体温計では計れない無いほど、多分42度以上の熱を出し、一週間以上、意識が無かった経験がある。外の気温が摂氏40度以上の中、度々停電の起こる部屋の中で、42度の熱が続くと、どういう状態になるかというと、寒くて寒くて、毛布を頭から足まですっぽり被っても、がたがた震えが止まらない。舌が麻痺して、味覚が無くなり、何を口にしても、同じ味しかしない(何を食べてもすごく苦くマズイ)。


抗生物質と、解熱剤と、唯一 味覚の無い舌でも、味を読みとる事の出来る、果汁100%のオレンジジュースを交互に口にする日々を経て、復帰した時には、再び、この世に生まれ変わり、再起した爽快な何もかもが新しく見える気分であった。


無論私は、三途の川も、(お迎えに来た)マリア様にもお目に掛かれなかったが、以上が私のニア デス エクスペリエンスであり、十分に心を入れ替える切っ掛けにはなったと思う今日この頃である。



2007-01-17 16:21:41 destinycrystalconnectionの投稿

国境を越えたオプションだって存在する。

テーマ:究極の資本主義構想

人の流れは資本を追って、金の流れを追って、国境を越えて流出・流入するのは、明白です。

それが、究極の資本主義です。



さて、話はちょっと変わって、昨年末に来日した、80年代に一斉を風味したアイリッシュロックバンドU2のリードボーカリストのボノのストーリーです。彼のアフリカへの情熱というか、アフリカへの資金援助の呼びかけ、当然来日中には阿部首相を訪れ、アフリカへのエイズ基金への資金援助要請から、借金の帳消しなどの要請も、情熱的に熱心に行う。そんな、自家用ジェットで世界中のコンサートツアーに一っ飛びのボノですが。昨年、国籍をスペインへ移しました。今まで税金の高かったグレートブリテンから税率の低いスパニッシュ国籍を選んだのです。公の、個々顔の見えない大衆からの資金や大金は、自分の信ずる道への融資や援助を要請するけれど、自分自身で稼いだお金はやはり重みがあるんでしょう。有名人に良くあるパラドックス(矛盾)だと私は思います。



さて、ボノの自己中なボランティア精神と、自己資産のディフェンス策について大まかにお話しした所で、一般人のタックスヘブン的構想も話していこうと思います。


企業や個人レベルでも、現在居る国の税率が、自分の税収入に不利に働いていると思われた場合には、自己資金を守る為に、国籍を他国に移したり、デュアル・国籍を持つ構想は、アメリカやヨーロッパでは、もっと日常茶飯事にある。


70年代・80年代のブレィティッシュロック・アイコンのデビットボーイも、やはり、イギリスを離れスイスに国籍を移し、自己資産の守りに入っている。ヨーロッパのレーサーも大半は、税率が自分の有利になるスイスに国籍を移すケースが多い。


アメリカでは、ネットバブルの90年代後半から、特にオンライン・ギャンブルを運営する人間が、多数カリブ海の島々へ移住して、そこからアメリカや世界へ向けてオンライン・カジノを運営、低税率で収入を倍増させている。また、カリブ海国々とアメリカとの強制送還合意が成されていない国を選んで移住、その国からのカジノの運営なので、アメリカ国家がタッチ出来ないのも現状。


さて、日本です。


これらの例はエクストリーム(究極過ぎる)でしょうか?

これからの日本では、優秀な能力や巨額な資産をもった人間が、日本の税率や政策などに納得の行かない場合は、日本を捨て、自己資産を守れて、自己能力も発揮できる、新天地を見つけ、流出する。頭脳の流失はまだ間口は小さいにしても、確かに始まっているし、これから、現在の流出間口が更なる圧力からどんどん広がり、洪水のようにあふれ出る可能性もある思います。そうして昨年の村上ファンド事件でも、村上氏は、タックスヘブンのシンガポールに密かに自己資産やファンドマネーを守るために、身を移そうとしたし、村上氏以外にも、資産家の家族は、ほぼ大半が、家族の一部に他の国籍を保有させ、資金を海外で洗ったり、隠す事ぐらいは皆行っている。


では、この国に残された者達が、この国の始末を全てまかなうのか?という疑問を持っても自然でしょう?答えは、イエスです。実力のあるブレーンは流出し、新天地を求め自己能力を最大限に発揮出来、自己資産も最大限に拡張でき更には守れる国へ流れ出、それが出来ない人間は、この地に残る。


では、①大金持ちだったり、②アインシュタイン級の頭脳を持ってなければ、国境を越えて活躍できないのか?


さて、国外脱出の構想がここから始まります。まずは、バイリンガル以上の語学知識はあっても、不利にはならない。そして、今言語が日本語以外に出来なくとも、今から収得するのは自己努力次第で可能だし、収得できたら、その人に取って、一生役に立つ無形資産になる。そして、国境が境目と感じなくなる。また、ファイナンスの知識や数学やサイエンスやケミストリーへの理解能力も国際進出へは大きなプラス要因である。


そして、以上の①や②に当てはまらずとも、自分に長けた何かがあり、それが日本という国で発揮出来ない物であるのであれば、国境を越え、その自分のアビリティーが最大に発揮でき、と共に、自己資産を最大限に守れる国へ(税率の低い)身を移すのも、オプションでは無いか?また、それが、現時点でたとえ巨額の富を持った者でなくとも、能力を持った人材であれば、十分にありなオプションだと思う。


2007-01-12 05:59:19 destinycrystalconnectionの投稿

国際都市東京!?

テーマ:日本の国際化の現状

自称国際人の私の回りには、自然と外国籍の人間も集まる。


そこで、、えっ!?と耳を疑うような、彼らの体験談も日々耳にする訳で、今日はその中の一つ論議していきたいと思う。


最近一番良くそんな外国籍の彼らから聞く名称が、「鉄道警察」と呼ばれる組織で、この鉄道警察の私服警官が、鉄道と名の付くテリトリー全てをマーキングして、少々見た目が日本人で無い“外国籍”と睨んだら彼らの鋭い直感の元、マナーも人権も関係なく、その外国籍の彼らの腕を掴み(無理矢理)任意で職務質問をする。

その外国籍の彼らは、100人や200人の電車利用者の行き交う中、赤面でその場で警官の言われるがままに、身分証明証の提出を求められ、会社へ出勤の途中であろうが、学校へ通学途中であろうがまったくお構いなしに、、私腹警官の言われるがままに、応対しなければならないという、言うならば強制的な職務質問である。


この外国籍の彼らは、日本語に多少不自由しているという面もあり、警察の良いようにされて居るような一面も伺え、また、この外国籍(容姿、肌の色、人種)といった理由を、「職務質問」に見立てて、大衆の中で、人一人だけを選出して「おいお前!」といった感じに行く手を遮り、その場で周囲の目も気にせず、その止めた人間の社会的地位も完全無視して、その職務質問をして挙げ句の果て その人が“白”(当たり前!黒の場合、まっ昼間から大手を振って公共の場を歩いては居ません!)だと判明すると、「すみません」の一言で、その場を閉めようとする強硬さ!?

外国人・毛頭・見た目の違い・肌の色の違い=不審者と見立てるのであれば、もしそのような定義が成立するのであれば、、5歳の幼児でもその定義のもと、その“不審者”とやらを見つけだす事ができます。、、と私は警察の方に何度も何度もお話しました。


こういった外国籍の彼らのクレーム係を買うのが私の役目で、よくこの鉄道警察にも、電話をする羽目になる。半年前も、そしてその半年前も、、。毎回毎回、同じクレームを聞き、同じクレーム内容で。


首都東京に置いて 国際都市、国際社会をこのままで誇れるであろうか?更には、2016年のオリンピック開催地候補!?


世界第二の経済国日本でありながら、今だ輸出に頼る経済構造も、知的層であれば理解している。また、物を世界中に売るだけで、人間の流入を認めないというのは、あまりにも高慢・勝手が良い話である。


人種のルツボであり、いまだ人種差別問題に取り組むアメリカで長年住んでいたが、黄色人種である日本人の私にでさえ、こういった形での職務質問や、大衆の中で急に呼び止められたり、肘や腕を急に捕まれるような経験は無かった。


このようなやり方は(大勢の行き交う中、外国籍・見た目の違う人間のみを引き出す方法)、ドイツのナチス時代を思わせる節もあり、これが自国で日々行われている実状であると思うと、背筋が寒い気がする。


警察の方とも沢山のコミュニケーションを重ねてきたが、古い体質の組織の元、なかなか重い腰が上がらないのか、論点も平行線で「日本の民間もそう望んでいる」と声を大にしていう人もいるからびっくりした。


日本の民間で、「外国籍・見た目の違う人間を、大勢の中で急に呼び止めて、その人恥ずかしめる事を好む」人が一体どこに居るのでしょうか?ちょっと観点がズレている気もします。民間は外国人による犯罪の軽減を望むけれども、しかしながら、正当な合法な理由で日本に居る外国人も全て、“見た目が違う”=不信だ、、と判断する論理を果たして肯定するだろうか?私は違うと思う。何故なら。日本でも、ハワイやグアム、他の外国へ、短期の旅行観光を含めると、行った事のある人の方が大半であると思う。また、自分が行った事が無くとも、身近な身内や友人がそう言った異国にあらゆる理由で滞在したことはあるはずである。その滞在中に、普通にその地で朝を迎え、観光の途中や通勤・通学の途中、現地の私服警官に“おいっ”と呼び止められ、周囲の目も無視して、意味も分からない取り調べを受けたと聞いたら、果たしてどう思うのだろう。正当に生きる権利を侵害されたという怒りを感じるのが普通の反応ではないだろうか?


また、例えばあなたが、その海外滞在中で、回りが皆(例えば)白人ばかりの中で、ポツンと黄色の日本人のあなたが居て、周囲の白人から浮いている理由が為、急に100人・200人の行き交う電車の駅やフォームで、いきなり私服警官に腕を捕まれたら、どう思いますか?または、あなたの息子や娘や孫が海外で、そういう扱いを受けたと聞いたら、あなただったらどう思いますか?怒りを感じると共に、その国や国民へ嫌悪感さえ感じることでしょう。実際、こういった行動は、日常茶飯事に、日本に滞在する外国籍の人々に降りかかって居ます。この様な方法で、国際連合の人権委員会から忠告をされても、私服警官は職権の名の元、毎日当たり前のごとく彼らの意地なのか同じ方法で来る日も来る日も行っております。何度も言いますが、私が海外に滞在した中で、“一度も”こういった“外国人だから、、(ただ単に根拠もなく)”という理由で職務質問や取り調べは受けた事もありません!


もう少し、日本に居て、日本人として、我々が今度はホスト(迎え入れる側)であり、多数民族であり、(この国で生まれながら必然的に)主権を握っているゆえ、もう少し、公平感を持ち、透明感のある判断能力を示し、リーダーシップを発揮出来たなら、その時には、自分自身から「自分の偉さや凄さ」を外に向かって主張しなくとも、回りからその能力を認められ尊敬をされると思う。



最後に、以上の論議が理解できる方にお願いしたい。

警察に職務質問を強要されている外国籍の人々を見たら、そんな彼らを助けてあげて欲しい。一人一人が「自分は日本を代表する外交官だ」という意識を持てば、自然と不当な方法で行く手を阻まれている外国籍の人々に救いの手を差し伸べているはずです。

警察は通常2対1や3対1で外国籍の人々を取り囲む形でそれを行います(大変アンフェアでは無いでしょうか?)

そんな時、自分の身内や友人が、海外で同じ出来事が、降りかかったら、、という、逆の立場に身を置いて考えて、外国籍の人々に、「あなたは一人じゃない」また「(このアンフェアな行動は)我々全体が意図するものでは無い」という事を示してあげるだけでも、彼らは如何に心強いであろうか。


そして、少しでも、良心の痛む警察官の人へメッセージ。

9.11以来、全米で一定の外国籍やまた一定の人種(宗教や人種、肌の色うあ見た目、そして名字など)を選りすぐって空港などで取り調べ対象にチェックをするか?という論議が話し合われた。


そして、人種のルツボアメリカでは、公平感を持たせるために、一番リスク・ファクターが一番少ないとされる分類にある、“白人女性の老人”も、一様取り調べ・チェックするという結論に出た。


要するに、一定の人種や宗教の人間ばかりに集中して取り調べ・チェックをすると公平感が無くなり差別的に写り批判も生じる。しそして、警察の信頼を失うどころか反感を買い、将来的に警察組織全体に不利になると言うことを認識し理解しているからである。このように、人種や国籍など関係なく公平感のある対応や判断能力やその為の努力が端から見受けられれば、自然に警察へ対する敬意も増す。なぜなら、人間は感情の動物だからです。そして民間も警察官同等若しくはそれ以上に理解能力や状況察知能力があるからです。


私も、極マイクロな観点からかも知れないが、国際的に日々関わっている人間として、こういった否国際的な、バックワードな事実現状を少しでも改善できるよに、偏らない、公平なジャッジ能力の元、国連の人権委員会や関わりのある各国の大使館などと連携もしながら 国際機関も通してこの点について論議、そして行動に移していきたい思う。


皆さんにも以上の事実を理解し、こんなことが日々我々の周りで起こっているんだ、、という事を認識して貰いたい。

また、この議題については、次の機会に論議していきたい。










2006-11-23 21:06:52 destinycrystalconnectionの投稿

アメリカンドリーム?

テーマ:アメリカ

アメリカンドリームと言う言葉を聞くと、何を連想するだろう?


アメリカンドリーム=(スケールの)大きな成功と連想する人は大半ではないだろうか?


そしたら、日本に居ながら、アメリカンドリームは叶うのだろうか?これには、ノーと首を横に振る人が多いかも知れない。


じゃあ、何故、アメリカンドリームはアメリカで可能であり、日本で無理に聞こえがちなのか?


そう考えて、(私のアメリカンライフ・経験から)行きついた答えが、アメリカでは、“再出発”が可能なのである。


“再出発”=アメリカンライフ??、首を傾げる人もいるだろう。


メジャーリーグ、ハリウッドスター、ベンチャー起業家、などなど、桁外れな成功を収めた人達とは、一晩にしてオーバーナイトサクセスは無い。何度も、何度も、トライしては、失敗し、再度トライしては、失敗し、、と、失敗を重ね、痛い思いをしては、タダでは起きあがらず、何か拾い、学び、幾度も再スタートをして、行きついたあげくの果ての成功という人も多い。


ようするに、アメリカにあって、日本に無いのは、“失敗を許される社会”ではないのか?


アメリカでは、大学・高校“中退”という肩書きは、あまり耳にしない。


アメリカの学校制度は、単位制度なので、単位を持って編入や学業継続がし易い。よって、結婚・出産・育児をしながら、大学を8年掛けて出た女性にも出会った。ようするに、様々なライフイベントがあるたびに、日本では、それが学業の途中であれば、中退という選択を強いられがちだが、アメリカでは、途中何年か学業を中断して(例えば、育児などに専念した後に)、再度、前回まで取得した単位を持って、卒業へ向けて学業へ復帰出来る。


要するに、人生とは、あらゆるオプション(選択域)がある方が、生活しやすいし、崖っぷちに立たされないと思う。


アメリカの自己破産制度も、7年間ブラックリスト入りし、その後、再起可能である。


あと、もう一つフェデラル制度を取っているアメリカは、州ごとに、制度が違う、よって、州ごとに、この自己破産の法律が緩い州がある。フロリダ州もその一つで、あのかの有名な、O.J.シンプソンも、カルフォルニア州の殺人民事裁判で、負けた直後、自己破産申請をし、フロリダ州へ移住てしまって、殺人事件の遺族への支払いを逃れている。あまり、良い例ではないが、、。


そして、アメリカと言えば、移民国家である。


経済的考えから、人の流れは、豊かでない国から、豊かな国へ流れる。そして、漠然なアメリカンドリームを胸に抱き彼らもアメリカへ流れる。


アメリカでは、帰化制度も取っているため、“豊かでない国”に生まれた人が、アメリカ人になれる事もある。これも、人生の“再出発”が出来るという発想に準ずる例ではないか。


(起業家である)我々は、生身の体で、ワンステップワンステップ、石橋を叩くように、慎重に毎日の判断の元、前進している。

その中で、ふとした瞬間に足を踏み外すという事は、十分にありうる。


その中で、足を踏み外さないように、注意しながら、慎重に勤勉に調査をしながら前進するという態度は、必要だと思う。


でも、その時に、全く、自分の歩んでいる足場の下に、ネットなどのバファーが敷いていないとしたら、、どうすればいいんだろう。


また、アメリカ的発想だど、その足場の下に、トランポリンのような跳ね返る物が敷いてあって、それをバネにして、足場から堕ちた人間が、トランポリンに着地して、跳ね返って、今度は、元の足場より高い位置に飛び上がり着地出来る、、という構想・発想も必要ではないか?


日本の起業率は、近年また低下しつつあるようであるが、以上の理由もあるように思う。


日本の起業に置ける、失敗のオプションには、ネガティブ要素が多すぎると思う。自殺件数も、景気向上とは言え、上昇しているのにも、この“再起・再出発”の不可能な状況にもあると思うのは、私だけのマイノリティー的意見では無いと思う。


以上の例でも、上げた様な、ネガティブ要素を、少しでもポジティブな物へ変えられたのなら、日本に居てでも少しはアメリカンドリームを実感出来るようになるのではないだろうか。







2006-10-18 01:08:24 destinycrystalconnectionの投稿

ゴミのリサイクル!?

テーマ:インド
リサイクル運動やら、ゴミゼロ運動やら、、。
インドに住んでみて、先進国のエゴだと正直思った。

日本では、物質社会に塗れて、「もったいないから、まだ捨てるな、、」っと、まだ使える物を捨てない様にと消費者への説得と、
まだ十分に使える、お金を払って入手したモノを、ポイする行為を見直そう、よって、ゴミを増やさない文化を謳っているようである。

その正に逆の文化が、インドである。

インドでは、まだ物流が盛んでなく、市場経済も今やっと芽が出始めた所である。また、かつての日本のように、為替の規制もあるので、容易に輸入が出来ない。よって、国内の消費者向け物資も、質の悪い昔から続いている家族産業の作った製品か、インドの財閥タータなどが、独占的地位を利用して作った製品、若しくは、中国の国境から流れてくる、ブラックマーケットの製品のみのチョイスになる。

この、中国のブラックマーケットから流れてくる製品が、以上のチョイスの中でも一番市場消費者の中で人気があるのは、悲しい気もする。何故なら、中国から流れてくる製品は、日本や欧米諸国へ流すために作られたはずの製品の中でも、要するに欠陥品で、B級品のみがインドへ向けて輸出されているからである。

要に、プリントがちょっとズレていたり、色の塗り方が少々足りなかったり、形が少々悪かったり、、といった製品である。

しかし、そういった、日本でも、100円均一でも、客が選びそうも無いレベルの商品が、インドのマーケットでは、75ルピーや100ルピー(150円~200円)を払ってでも、消費者が購入しようとする。

要するに、インドでは、為替規制があるため、輸入品は、貴重であり、ありがたがられる。また、B級のブラックマーケットの商品の方が、品質がまだまともであるというのも、輸入市場を長く閉鎖されてきた(外からの競争が無かったため、品質改良をしてこなかった)、インド経済のツケである。

そのように、人々がモノを入手しようとする努力を非常に必要とするインドの市場のため、一度手に入れたモノを手放す事も、なかなかしようとしない。

まず、マーケットへ行けば、20年 30年昔のミキサーやオーブンなどを直しに、主婦達が、修理屋の前に列を成し、テレビや冷蔵庫も20年以上、直せる限り直しては使う。私の知るインドの家族で、50年以上前に、イギリスから輸入した冷蔵庫を、最近誰かに売ったという話も聞いたから、すごい。

普段、インドで生活していても、住んでるアパートの各家庭から出るゴミを取りに来る、俗に言われるカワデワラ(ゴミ屋)がいる。そのカワデワラも、実は、我々のゴミを取りに来ては、金目のモノを選り分けて、直すものは直して、磨けるものは磨いて、彼らのマーケットで又売りに出している。そして、その月の終わりに、ちゃんと我々から「ゴミ回収費」という名目で、お金を回収しに来るので、二重取りな所もしっかりしていると思う。

私がインドを去る際に、カワデワラに渡した、鍋やらフォークやらバケツやらも、そういったプロセスを経て、誰かの手に渡って、まだ使われていると思うと、とても我ながら、有益なことをしたと思ってもみたり。

インドの私のアパートをテリトリーとして、巡回していたカワデワラの話をしてみよう。

今だカースト制度の名残のあるインドでは、当然ゴミ回収する人間は、カーストでも、下の方の階級になる。
私のアパートの回収係は、バングラディシュ移民の、イスラム系の家族が縄張りとしていたようで、私のアパートには、その娘(多分5歳くらいの女の子)がやってきた。5歳くらいといっても、もう商魂たくましく、費用回収の日には、朝早くから、シワ枯れた大声で、「アンティ~(おばちゃん)、お金回収にきたよ」と、ペットボトルなどで、ドアをすさまじく叩き、こちらがドアを開けるまで、決して叩くのを諦めない。そして、最初のうちは、それでも、子供である彼女にモノを与えたり、お金意外にも、与えてきたが、彼女は決して「ありがとう」とか、感謝らしい仕草は絶対にしない。要するに、「ありがとう」などいうと、次回のお金回収に不利になると思っているのかもしれない。そんな彼女には、子供らしさはとっくに失われていた。

さて、インド最大のお祭りデワリの時である。彼女も早速、普段のゴミ回収の労を労ってもらう=私からのお小遣い回収にやってきた。インドでは、普段家に出入りしている家政婦やら、使用人に、要らなくなった物を与えるのが習慣である。私は、デワリに、この小さなカワデワラの少女に、インドの砂糖菓子と、お金と、まだ未使用でも、多分着る予定の無いタンクトップなど洋服2~3与えた。案の定、彼女は、あたりまえのようにそれらを受け取り、ありがとうも言わずにその場を去っていった。

その翌月、恒例のゴミ回収費徴収にそのカワデワラの少女がまたまた朝からけたたましく登場した。あまり、うるさい時は、こちらも少々不機嫌にムッとした表情で出迎える。

でも、その時、扉を開けると、ちょっと微笑ましい光景が目の前に飛び込んで来た。

それは、、。その前の月のデワリに彼女に上げた、(大人用であったが)タンクトップを、彼女は、お直しして、子供用のワンピースの用に作り変えて、着ているではないか!?
何をしてやっても、何を上げても無感情だった彼女も、やっぱり女の子だったんだぁ。
他に上げた洋服の行方は分からないが、その(グリーンの)タンクトップは気に入って、キープして、手を加えて彼女用のサイズに作り直してしまうとは、、。

何か、いつも手ごたえの無かった、彼女との交流も、ようやく実を結んだようで、なんかその日は朝から清々しかった。






















2006-10-13 03:58:41 destinycrystalconnectionの投稿

今輝いている女性 向井あきさんへ一票!

テーマ:世界で活躍する日本人女性

脳死の心臓移植もだめ!

子宮摘出の女性の代理母出産もだめ?


全てはアメリカのようになれとは、言わないけれども、我が国日本の法律も、もう少し柔軟性を持っても良いのではないかと思う。


アメリカのハリウッドセレブでも、色々な形で子供を授かった人たちがいる。

最近ブラットピットの子供を出産した、アンジェリーナ・ジョリーは、第一子はカンボジア孤児を養子に受け入れ、第二子は、アフリカの母親をエイズで無くした女の子を養子として受け入れた。


また、「羊たちの沈黙」で有名なジョディーフォスターは、精子を精子バンクから入手して、自身の卵子でもって体外受精し、自ら子供を出産している。


あの、アリーマイラブの主演女優キャリスタ・フロックハートは、出産前に(これから生まれてくる子供の)養子契約した その女性の出産に、自ら立ち合うという形をとった。それが、彼女の(卵子も、精子も彼女とは関係のないが)出産であった。


話は、少し変わるが、、。

アメリカの家庭には、ハーフブラザーやハーフシスターが普通に存在する。


また、母子家庭も多いアメリカでは、チャイルドサポートと呼ばれる、実の父親が子供の養育費を法的に払うように定める制度もある。ただ、これは、正式に認知された子供のサポートをするという事なので、父親がその子が、本当に自身の子供か、DNA鑑定して調べて貰うテストもある。このテストは、1時間も掛からない簡単なもので、父親と子供の口の粘膜を少し削りとるだけで、あとは、そのわずかな採取した粘膜内のDNAで、その二人の血縁関係が判明する。


以上のDNAのお話から、私の言おうとしていることがもうピント来ていたけている気がするが、、。

戸籍上の定義=出産した人間=母親 という解釈を何とかする課題は残っているが、、(出産した人間=母親とは 医学の発達した今では、とても原始的な定義だと思うが)。

父親と母親のDNAを受け継ぐ子供を、自分の子供と世間一般に言わない国は無いのでは?(よって、アメリカのディフェンス弁護士だったら、法廷で 医学的に親子のDNA関係を証明して立証してこのケースはもう終わりな気もしないでも無いが、、)


また、話は打線するが、以上のハリウッド女優の例にも言及するが、富も名声も得た彼らの元、いかなる形であれ 親子関係となったた子供達は、幸せではないだろうか?もちろん、戸籍制度の無いアメリカだから、成す技かも知れないが、でも、むしろ戸籍制度の無いアメリカだから、養子として迎えられた子供達と親との関係もオープンで社会的地位を得ているように思う(日陰の存在ではないと思う)。


これらのハリウッド女優も、自身の信じる道の元(社会的意義があったり、自己の幸せの探求の元であったり)、子供を授かる形を選び、更に女優としても母親としても全うしていると思う。

向井あきさんも、先日テレビで会見を拝見したが、とても輝いていた。

この様に、自分の信じる道をポリシーを持って突き進む女性には、日々同性として、感銘を受け、良い意味で影響される。

そして、そんな彼女らは、今とっても輝いて美しい。






2006-10-11 17:20:56 destinycrystalconnectionの投稿

甘いもの好きのインド人達

テーマ:世界のスウィーツ
インドの人々は、甘いものが大好きです。
甘くて、こってりとしたものには、本当に目が無い。


インドの人々は、ベジタリアンが大半であるため、スウィーツには卵の入っていないものが多く、スウィーツの主要原料が、ギーと呼ばれる、バターの一種で、バターより脂質がずっと多く、ずっしり重い。また、ギーは、インド料理にも、良く使われ、インド料理の大半が、このギーを入れて煮込んである。(ですから、インドの中年以上は、皆お腹の周りがかなり脂肪が付いてしまっててヤバイ。)


インドのスウィーツは、見た目は、和菓子のように、練りこんで丸めたり、型に入れ形付けたりして 作ってあるようですが、和菓子は豆などの植物がメインで、どちらかというと、甘さ控えめなのが、売り物なのに対して、インドのスウィーツは、このたっぷりのギーにこれもまた、たっぷりの砂糖が練りこんであり、ピスタチオやカシューやサフロンなどが混じっていて、上に食用のシルバーなどがデコレーションに振ってあったりする。食べた感じが、練乳を更に甘くしたような濃厚でクリーミーな味わいというか、とっても重い。

インドは、丁度もうじき、デワリと呼ばれる、日本で言う、お盆やクリスマスのようなお祭りシーズンに入る。

このデワリで、インドでは、日頃お世話になっている人同士が、プレゼントをしたり、されたり、お歳暮のような行事をする。

その時に、一番贈っても贈られても喜ばれるのが、このインドのスウィーツである。よって、このスウィーツショップが一年中で一番繁盛する時期であり、このスウィーツの箱詰めが、日本円でも、500円から1000円以上するものが、ばんばん飛ぶように売れる。(平均年収が10万程のGDPの国で、以下に裏経済が、表経済を動かしているか、、想像にお任せ、、)

このスウィーツを売る代表的な店に、ナットゥーズスウィーツというのと、ベンガリスウィートという、チェーン店があり、デリー各地に出店していて、日本でいうパティシェや洋菓子店のように、デワリの時はもちろん、普段でもとても込み合っている。私も、この両方のチェーンで、カフェも設けられている店舗も多数あり、軽食も食べられるため、普段から、良くランチをしに行くこともあった。さすがに、それらの店でランチはしても、インドのスウィーツには、手を出すことは無かったけれども、デワリの時期には、当時交流のある人々へ、デワリの贈り物の買い物をした。また、普段 当時の自宅のお手伝いさんや、新聞配達人や、ゴミ収集人など、隅々まで、デワリには、与えなければならないので、かなりの量を買った覚えがある。

さて、デワリ当日、あちらこちらデワリスウィーツを配って回り、夜家へ帰宅途中、もう町中で、デワリの花火が始まり、大変な事になっていた。

デワリは、スウィーツも有名であるが、キャンドルを家中灯したり、花火を放ったり、火を使ったお祭りごとでもある。

夜が更けるにつれて、町中の花火は、空襲のように、すさまじさを増すというのは、噂では聞いていたけれども、ここまですごいとは、思ってなかった。

だから、家族連れは、デワリの日は、早めに家へ帰り、家で家族でデワリを迎えるようである。やはり、インドのように、人口の比率が男性の多い国では、祭りの時のすさまじさが違う。どのように、すごいかというと、ロケット花火を町中所かまわず打ちまくる。車で通過したものなら、その車目掛けて、ロケット弾のように、ロケット花火を打ち込んでくるから怖い。

そんな、こんなで、町中、空襲の真っ只中のように、ロケット花火の音が響き、その煙で前が見えないくらい真っ白になり、運転する車目掛けてロケット花火で狙い撃ちされ。とんでもない目に遭いながらデワリの日の帰宅となった。

毎年デワリが終わると、灼熱のインドにも、冬の訪れとなるといわれている。最初それを聞いたときには、ピンとこなかった。何故なら、デワリの時期でも、かなり暑いのに、デワリ後に、どうしてピタッと冬になるのか?

でも、実際デワリ後に、周囲がかなり涼しくなったのには、驚いた。

地元の人の話では、デワリであれだけ花火をして、煙を起こしたので、その煙が大気中で層になり、太陽光線を遮っているのだとか?

インドの冬は、外に居ると過ごしよいのに、室内は、氷河期のように寒い。何故かというと、家は全てレンガ造りな為、壁にインスレーションのような断熱材は一切入っていないため、家の中は冷蔵庫状態というか、丁度ワイン倉のようなひんやりとした状態になる。

そんなこんなで、日中涼しくなり、仕事もはかどったりと利点はあるが、夜は家の中で、ころころに着れる物は全て来ての生活に突入する。そんな時期に、一番からだの中から暖めてくれるのが、インドのチャイである。インドで採れるシナモンやカルダモンなどスパイスを独自にフォーミュラ(カルダモンは風味豊かでチャイをマイルドにするので、カルダモン大目でシナモンは少なめがいい)
して、ソースパンで煮立ててミルクを入れて飲むと、体の芯からポッカポカに。そんな風に意外に寒いインドでの冬でしたが、時には、そんな工夫を凝らしたスローライフも、たまにはいいものだと思ってもみたり、、。





2006-10-05 05:44:45 destinycrystalconnectionの投稿

ボストン発のドリンクは、、?

テーマ:海外のカフェ・ライフ
今回も、アメリカの東海岸のマサチューセッツ州の話題です。

プロテスタント教徒のピルグラム達ががヨーロッパの宗教的迫害を逃れて、始めてヨーロッパからアメリカにやってきて最初にぶつかったのが、マサチューセッツ州にプリマスのプリマスロックと言われる、プリマスの海岸にあったといわれる岩だったらしい。今では、その岩があった場所すら分からないらしいが、メイフラワー号でやって来た彼らの文章には、そのプリマスロックの一説が明記されている。

メイフラワー号といえば、その当時のメイフラワー号の乗客リストにある人々の子孫・血族たちのみが今だに連携を取り、会合などを取り持っている、ある意味でのシークレット・クラブというか、シークレットソサイエティーがアメリカには存在する。

何年も前にアメリカで、このメイフラワー号の子孫の女性が、大きなスキャンダルを犯した。彼女が不法の売春宿を経営していたため、彼女をメイフラワーマダムとメディアでは呼んでいた。そのとき、このメイフラワー号のシークレットソサイエティーが公になったのだった。

さて、そんなアメリカの開拓史上無視できないマサチューセッツ州の首都は、ボストンでありますが、今日はこのボストン発祥のカフェで、今は無き当時のボストニアンに惜しまれながら、買収にあったカフェをご紹介しましょう。

90年代前半で、ボストンに流星のごとく表れ、数年でシアトル発のスターバックスのアグレッシブな買収に合った。

プライベートで、二度の結婚から子沢山(確か10人近く居たと思う)の経営者は、この買収劇を機に子供達への遺産分配の意味からも、このカフェチェーンをスタバに売り、ボストンのカフェシーンから去っていった。

この、ボストンの今は無きカフェチェーンの名前は、「コーヒーコネクション」と言う。


外壁も内装も、特にスタバとは代わり映えしない、シンプルだけど、一日の終わりにほっと一息付くのには、ピッタリの場所で、特に冬場には、氷点下のボストンでは、仕事帰りにコーヒーやココアを飲みながら、温まってからさぁっと腰を上げ、近くを走る地下鉄の駅を目指すレギュラー客も少なくは無かった。

そんな、ボストニアンの生活の一環となったコーヒーコネクションだから、買収の噂が出始めた時には、まず信じるわけが無く。その噂が真実と化したとき、大反対の嵐であった。

まあ、そんなボストニアンの反対も押し切り、ファイナンシャルのマネーゲームの駒が進み、買収され、コーヒーコネクションの看板も知らぬ間にスタバの看板に変わった。

あれだけ反対されていたにも関わらず、意外にすんなりとトランジションを遂げ、コーヒー愛好家のボストニアンも、すんなり、コーヒーコネクション通いからスタバ通いへと、日々のカフェ通いのクセを転回させた。実は、私もその一人であったりした。

ただ、一つだけ、今でもコーヒーコネクションの形跡がある。

それは、、。

あの、今や世界的に知名度を上げた「フラパチーノ(商標)」である。

フラパチーノは、スタバが生み出したメニューではなく、実は、コーヒーコネクションの生み出したオリジナルのカフェドリンクである。確か、当時はオリジナルのフラパチーノともう一種類のモカ版のフラパチーノ位しかなかったと思うけれども(今は他にも幅広くフラパチーノメニューを広げてますね)。

日本でも、スタバでフラパチーノは暑い日には欠かせませんが、、そんなフラパチーノの味は、私にとっては、ボストンの名残、今だに とってもセンチメンタルな物のようです。






2006-09-21 01:04:26 destinycrystalconnectionの投稿

インドのカフェで、、

テーマ:海外のカフェ・ライフ
インドでは、まだスターバックスは進出していないけれども、それに相当する、インド版のスタバはあるんです。


“バリスタ”というカフェのチェーン店で、インドの首都ニューデリーやボンベイに集中して店舗を構えている。


カフェ好きな私も、インド滞在中に、一日最低一度はお世話になったサンクチュアリーです。

オレンジがメインの明るい、なかなかデザイン性優れるロゴマークもでお馴染みの看板を掲げ、店内も明るいハードウッド、モダンな木がメインな内装で、もちろん本場イタリアから輸入したエスプレッソマシーンも導入されているので、本格的エスプレッソやカプチーノが楽しめる。カプチーノいっぱい、当時確か25ルピー程度(65円前後)だったと思うので、ちょっと一休み、、と称してコーヒータイムが2度~3度に及んだことも頻繁にあった。

もう一つ、これも大手のチェーン店展開しているカフェで、“カフェ コーヒー ディ”という、こちらはカフェ系定番はもちろん、フラッペ系のカフェドリンクも充実したメニューが売り。日本に居てはめったにオーダーしない、スタバのフラパチーノのような、甘いフラッペ系ドリンクが、40度を上回る気温のインドでは、頻繁に恋しくなるから不思議。また、味付けも、さすが甘党の多いインド、最初はその甘さに驚きを覚えるけれども、次第にその甘さになれて行く自分が更に怖くなったり、、。

次に、カフェというよりアイスクリームパーラー兼カフェといった感じのお店。この場合は、ヨーロッパのアイスクリームメーカーでインド進出を図って、残念ながら一年そこそこで撤退してしまった会社で、“モーベンピック”という会社の運営するカフェがあった。ニューデリーのどちらかと言うと、高級なマーケットにカフェを構えたのはいいのだけれども、あっという間にオープンして、あっという間に店じまいして居なくなってしまった。ハーゲンダッツのようなプレミアムアイスクリームのメーカーなので、アイスクリームやサンデーのメニューは充実していたのは良いのだけれども、ヨーロッパから直輸入しているアイスクリームの価格もプレミアム・プライスで、サンデーが確か400ルピー前後(1000円前後)したのを記憶する。高級ホテルの中のカフェやレストランでも取らない値段のサンデーの価格は、やはり市場には受け入れられなかったようで、私自身も、多分2~3行った記憶があるのみである。

あと、ニューデリーを去る数ヶ月前に、デリーの中でも外国の大使館家族達の住む高級地域、バサンビハールのマーケットにオープンした“アマレト”というチェーン店カフェ。内装はパステル系ブルーや鏡が主で、広々とした作りで、カフェというよりはクラブといった感じのモダンなインテリアに圧倒され、自身がインドに居ることを一際忘れてしまう。え~っ、ドリンクの方は、というと、、。どれを取ってもこれと言ってお勧めメニューは無いのですが、デリーで、ファッションや外見でイケていると自身ありげな地元若者が集うカフェといった感じで、ここは彼らの社交の場といった感じである。話は反れるが、インドの若者達、特に20代前後の男性はナルシストが多いと思う。よって、“アマレト”のような、鏡の内装に多く使われている店へ行ったらもう大変。

さて、あの紅茶で有名なインドであるけれども、コーヒーもインド南部で生産されている。

あまり知られていないけれども、インドでは、北部では紅茶が主に飲まれるドリンクで、南部だとコーヒーが主に飲まれているドリンクになる。

ただ、世界的にインドのコーヒーが知られていないのは、コーヒーの木には二種類、ロブストとアラビカとあって、世界的にはアラビカが主流で好まれているが、インドではロブストが生産されている。よって、我々は、日本に居てもインド産のコーヒーって聞かないのはそれが理由。

インドで、カフェで使われるコーヒービーンズはもちろんロブストなのだけれども、さほど私にとっては、普段の飲みなれているなずの、アラビカと変わらない(ローストにもよるのだろうけれど、、)と思った。

じゃあ、主流のアラビカより人気の無い、ロブストだったら、先物市場価格が安いのでは!?っとビジネス的観点から考えれば、とんでもない。インドのアグリカルチャー(農作物)はインド政府が保護してサポート価格が入っているので、他の世界のコーヒー産出国と比べて 決して安くはない。

さて、こうして、特に夏場は、40度を上回るニューデリーでの生活を乗り切れたのも、これらのカフェ達のお陰であると思う。

都会の雑踏の中、交差点での大渋滞を経て、大停電を終えて、取引の交渉を終えて、、ほっと一息できた、私にとっての、唯一のオアシスであったように思う。