保守的な障壁を越えて
テーマ:日本の国際化の現状アメリカの大学で心理学を受講していた時の事、とても印象に残った教授の口にした言葉である。
「何にでも、知識を持って、対応すれば、保守的に構える必要性は無くなる。」
この言葉を、このワンフレーズだけで聞き取ると、何のこっちゃ!?と思うはずである。
しかし、ダイバーシティー・他民族国家を誇るアメリカでは、このような理論は、非保守的・自由主義的思想の持ち主からは、良く耳にする。
以上の教授の言ったフレーズを解釈すると、様に、(他民族に対する)固定観念やら、先入観というのは、要するに、そう言った彼らと話したことや、そういった人種の枠を越えた友達を持たないからであって、会話を交わし、友好を築き、同じ釜のメシを食ったなら、間違った固定観念やら、先入観といった邪魔物・氷の壁をぶち破れば、保守的に構えて、人を見た目だけで判断を下したり、、と言った矛盾な行動は取らないハズである。
以上の印象的なワンフレーズを発した、アメリカの心理学の教授も、無論イタリア系アメリカ人(白人)であった。
アメリカで生活している時分に、印象深かったのは、白人の有識者達は至ってリベラルな考えで、この多民族国家を誇りとし、アメリカの先頭だって、リーダー的な存在であり、人種間でかなり公平な判断能力を有していたように思う。
アメリカの教育を経て、思うことは、特にこの人種の違いに関して、とても気を配った(公平感を持った)対応を普段から心がけている姿勢を感じた事である。
1970年代のケネディー大統領時代に、黒人と白人を一緒の学校に通わせる大きな歴史的政策に出て、30数年を経て、沢山の問題こそ日々抱え、今回のバージニア工科大での、銃乱射事件にも見られるような、移民社会の及ぼす不安定な面すら除かせながら、しかしながら、それでも公平の目を忘れず、議論する姿勢は、我々日本でも学ぶべきでは無いでしょうか?
今回の、バージニア工科大での乱射事件の、その前の公立高校コロンバイン高校の乱射事件のあった時には、私は、そのコロンバインから数十分離れた所に住んでおり、また、1992年のロスの黒人対白人の暴動の当時には、私は、その直撃した地域であるオレンジカウンティーにも度丁度旅行の最中で遭遇しました。最初に世界貿易センターに爆弾が仕掛けられ(現在のブッシュ大統領の父親が大統領であった時代)爆発した、世界貿易センターの展望台も、その爆弾が爆発する1週間前に丁度偶然にも見学で訪れた事もあります。以上の事件は、全て人種問題や格差から生じての、問題と思われる。その様に、アメリカでは、多民族問題を語らずして一日は終わらず、翌日も始まらない。要するに、問題を問題で終わらせず、論議して、糸口を見出す能力を持ち備えている国家であったと思う。
重い腰を上げた日本も、国際化の波押され、少しずつ、研修生やら留学生・就労生などなどの名目で、海外から外国人を受け入れている今日この頃、それでもまだ、この国際化の受け入れ姿勢に対して、(プロアクティブではなく)レトロアクティブな、後ろから押されて、嫌々受け入れている様な、面々を感じる。
また、日本に長期滞在する外国人には、受け入れ態勢が整って無く、長期滞在者にも、短期滞在者同然の扱いをしたり、平然とし、国際化のふりをする行政こそ、おかしな人種ではないだろうか?何故なら、どうして、これだけ長期滞在や永住型の海外在住の日本人が居て、異国で移住・留学・就労しているのに、何故、今度は、日本人自身がホスト側となった時には、その逆が出来ないのであろうか?自分たちは、外国に行くときには、受け入れられたい、その国で良い思いをしたい、、けれども、異国の人たちが日本に滞在する事にマユを潜める?何とも、身勝手な話しでは無いでしょうか?
もう少し、日本のマスメディア上でも、多民族・多文化・多人種などといった、センシティブな面にも、気を配り、アメリカなど、多民族国家を参考にするも良し、心の目を磨いて頂きたい。
また、マスメディアや学校レベルで有識者達が、道徳教育の一環に、このアメリカ的な、多民族に対応できる、柔軟性を持たせる為の知識も去ることながら、明日の日本の国際化に向けて、心の目を肥やす、将来インターナショナルの舞台で活躍できる日本人の育成もそうであるが、国際化の中で生きる術を教えたらどれだけ有益なことだろう?
アメリカは、多民族・移民国家は、アメリカにとって有利(何故なら、世界と貿易やあらゆる面で、対応していく上で、それらの国々出身の人材を投与出来る為)として、国政を行っている。少しでも 我が国が参考に出来たなら、外交や国際間で交渉の苦手な日本にとって良い勉強になるのでは?
国際化に関しては、まだ未熟な日本で、これからも、個人レベルでも、色々と問いかけて行きたいと思います。
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